多発性硬化症センター
病名告知の基本方針
病名告知のガイドライン私案 (神経内科 2003;59:447-8.より)
病名告知のゴールデン・スタンダードはありません。教科書に書いてあるわけでもありません。患者さんと主治医の人間関係をベースとしている以上、社会状況の変化により、方法は、当然、変わりうるでしょう。ここに提示しましたのは、田中正美が前任地で肺癌病棟の医長との共同作業の結果で、神経難病と悪性腫瘍患者さんを念頭に置いた、あくまでも個人的な私案です。必ずしも、これらの全てを満足するような告知を日常診療の中では行なうことは困難でしょうが、原則はどうなのだろうか、と考えながらお話をするべきでしょうし、そのための土台になれば立案者としては望外の幸せです。
- 知らないでいる権利を保障するために、あらかじめ患者さんに、知りたいかどうかの意思を主治医は確認する。説明する場合でも、情報の量(あるいは深さ)については、患者さんの意思を確認しながら行う。これは、常に一定であるとは限らないので、時々再確認する必要がある。
- 患者さんの財産管理などの権利やプライバシーを護るために、必ず患者さん本人に説明をし、家族から先に説明はしない。家族の概念が、欧米のように今後急速に変化してゆく可能性も考慮するべきと思われる。家族の同席(あるいは家族のうちの誰と)の有無は患者さん本人の希望に従う。患者さんが指定した範囲を超えて、親族であるという理由で安易に患者さんの病状を他に伝えてはならない。
病状説明と同じように、告知内容についても、文書(白紙の用紙に手書きしても良いし、ある程度疾患の基本情報を記載してある文書を用意しておいて、書きながら追加説明しても良い)で説明し、コピーを患者さんに渡し、原文は診療録に保存する。家族に走らせないでほしいと患者さんが希望した場合は、その旨、診療録に記載する。患者さんがそのまま死亡した場合、遺族からの問い合わせに対しては、診療録の告知内容などの記録を利用して説明する。
- 医師は予言者ではないのだから、余命期間について、あと3ヶ月です、といったような具体的な時間には原則として言及しない。ただ、患者さんからの希望があった場合にのみ、従来の報告や経験などから得られる大雑把な余命期間を一般論として説明することは許されると思われる。これは、あくまでも患者さんに残りの数ヶ月あるいは数年といった期間を明示することで、患者さんが残りの人生をどう生きるかを考えられるようにすることが目的である。ただし、突然、状態が変化する可能性のある場合は、その可能性について説明するべきである。
- 治療効果が期待できないにもかかわらず、これをやれば何とかなりますなどと、安請け合いをするべきではない。治療についてはいくつかの選択肢があることを示し、予想される治療効果と副作用については、正確に情報を提供する。この場合、医師として最も推奨できる治療法を示唆することは許される。
- 治療法が全くなく、致死的疾患である場合、あるいは身体精神機能を著しく損なうことが予想される疾患の場合、患者さんの心理状態や理解能力の低下の進行度などを注意深く観察しながら、(許される限りの範囲内で)時間をかけて段階的に病名告知と予後についての説明を行うべきである。
医師としての経験が乏しい場合、どの段階でどのように話すかは大きな問題であるが、日常生活での会話と同じ技術であり、相手の反応を見ながら進めることとなる。マニュアル化できるようなゴールデンスタンダードはないといって良く、常に試行錯誤の連続であることを覚悟するべきである。
前医で家族にのみ病名と予後が説明され、患者さんには伝えないで欲しいと言われている場合、無理強いすることで医師と家族間の信頼関係を壊さないことが望ましい。患者さんに対しては、時間をかけて治療法がないことを自然に受容できるようにする。 - 告知後、「残念です」などとは決して言わない。主治医はあくまでも患者さんをサポートする姿勢があることを示す。
- 痴呆性疾患や小児患者の場合、患者さん本人が理解し判断する上で支障がある場合には、家族に病名告知するべきであるが、どの程度で判断不能と評価するかには慎重であるべきで、複数の医師により判断されるべきである。
