筋ジストロフィー症に伴う脊柱変形の治療
進行性筋ジストロフィー症に伴う脊柱変形(側弯症)に対する治療は、以前よりコルセット等による保存療法が主に行われてきました。しかし、コルセットは、体幹を支持することにより変形の進行を遅らせることはできても、脊柱変形の進行そのものを止めることはできないため、海外では外科的に治療することが一般的に行われるようになってきました。
ところが、日本ではほとんど手術療法は行われていません。日本で手術療法に積極的でなかったのは寿命が短いのに無理に危険な手術を行わなくても良いのではないかという消極論に加えて、手術適応の難しさ、脊柱変形矯正手術が可能な施設が限られていたこと等が考えられます。
しかし、過去20年間にデュシェンヌ型筋ジストロフィー症の寿命は、呼吸管理の進歩により約10年延長しました。寿命が延長しただけでなく、障害者を取り巻く社会の変化、電動車椅子の普及などにより患者のQOLが著しく改善してきており、今や脊柱変形に対する適切な対処の必要性が本邦でも高まっていると思います。 以下に、進行性筋ジストロフィー症に伴う脊柱変形に対する外科的治療に関して説明します。
進行性筋ジストロフィー症の脊柱変形の特徴
- 変形の原因が骨格自体にあるのではなく、体幹を支持する筋肉の筋力低下によって、脊柱の変形が生じます。
- 脊柱変形は歩行障害が出現するころから明らかとなり、独歩が不可能となった時点から急激に進行する傾向があります。
- 特発性側弯症に比べて、側弯変形、後弯変形、前弯変形、回旋変形、骨盤の傾斜・回旋などを伴うことが多く、変形の程度も強い傾向があります。
- 四肢の関節に変形・拘縮を伴うことが多く、脊柱の変形の発生や進行に影響し、逆に脊柱変形が四肢の変形・拘縮に影響を与える事が見られます。
- 特発性側弯症では、骨成長が完了した時点でほぼ進行は止まりますが、進行性筋ジストロフィー症では骨成長が終了してからも進行します。
- 側弯が進行すると骨盤が傾いてきて(骨盤傾斜)体重がお尻に均等にかからなくなるためお尻やわき腹が痛くなり、座位保持が辛くなってきます。また、腕を車椅子の肘置きにおいて体を支えるようになり、手が自由に使えなくなります。
- 呼吸筋の筋力低下のため、10才頃より肺活量の減少が始まります。側弯が進行すると、胸郭が変形してさらに肺活量が減少して肺機能が低下します。また、心筋障害も徐々に進行します。
- 胸椎の変形により胸郭にねじれを伴う変形を来たし、気道にも狭窄が生じます。これは、人工呼吸器療法の合併症の原因となったり、無気肺、肺炎の原因となって、呼吸管理を困難にします。
手術適応
通常の思春期特発性側弯症では、50度を超える症例に対して美容上の問題点、成長終了後の変形進行、腰背部痛、心肺機能の低下を考慮して手術を検討します。
しかし、進行性筋ジストロフィー症に伴う脊柱変形では、安全な麻酔をかけるのに十分な肺機能がまだ残っている時期すなわち肺活量が通常の40%以上ある時期に、しかも脊柱変形がまだ軽い30度以下であるうちに手術をした方が良いと欧米では言われています。
脊柱変形が40度を超えると進行のスピードが増して行く傾向にあり、早期の手術が勧められます。さらに、脊柱変形が60度を超えると、変形の矯正が困難になり、手術時間、出血量も増加します。
手術の実際
側弯症矯正固定法として、Harrington’s technique, Luque’s technique, Cotrel and Dubousset’s techniqueがありますが、当院では、フランスのストラスブール大学のSteib教授が中心となって開発された最新のIn situ Contouring 法を行っています。
In situ contouring techniqueは、オープンフックあるいは椎弓根スクリューを設置後、直径6mm純チタン製のロッドを脊椎の彎曲にあわせてインプラントに結合させます(インスツルメンテーション)。この状態で、ロッドはインプラントの中でスライドし自由に回旋できます。
その後、ロッドを曲げてIn situ contouringを行うことにより、各セグメント、レベルごとに、徐々に屈曲回旋変形を矯正しクリップを締めることにより固定します(矯正)。
このような方法で上位胸椎から仙骨まで矯正固定します。そして、腸骨よりの自家骨あるいは同種骨を使用して十分に骨移植を行い骨癒合を図ります。
In situ Contouring 法では、脊椎骨は側弯に至った経路に沿って各セグメントごとに徐々に矯正されるため、前額面と矢状面の弯曲、椎体の回旋を安全に確実に矯正することが可能です。近年、飛躍的に進歩したインスツルメンテーション手術は、側弯を矯正し強固に固定できるようになり早期離床が可能となっています。当院では、術前に貯血した自己血、術中回収血装置(セルセーバー)による回収血、および術後回収血を用いて、同種血輸血を回避しています。また、術中脊髄モニタリングを行い、脊髄に異常がないことを確認しながら手術を行います。 当院では、平成14年にSteib教授に脊髄性筋萎縮症の側弯矯正手術の指導に来て頂きそれ以来本法を採用しています。その後平成15年には、岩下は厚生労働省よりストラスブール大学に海外派遣され、Steib教授の指導のもとに多くの側弯症手術を経験しています。
手術で得られること
- 座位バランスが良くなり装具をしなくても長時間座っていられるようになります。
- 両手が使えるようになります。
- 姿勢が良くなり、背が高くなります。美容上良くなります。
- 一時的に呼吸機能が良くなることがありますが、呼吸機能障害の進行を止めることはできません。
手術の結果具合が悪くなること
- 呼吸機能障害や心機能障害を合併していることが多く、その他のリスクも高く、様々な合併症が発生する危険性があります。
- 脊椎が上位胸椎から仙椎まで固定されるため、体幹の運動が制限されます。しかし、健康な人には大きな障害になりますが神経筋疾患の患者さんにとっては既に運動機能が低下しているため、それほど困ったことにはなりません。
まとめ
近年の麻酔、外科手術の進歩により進行性筋ジストロフィー症に伴う脊柱変形を手術で治せるようになってきました。手術は早い時期すなわち歩行や立位が困難になって側弯が始まりだした時期に行うと、装具を付けなくても脊椎変形の増悪を防ぐことができ患者さんのQOLを維持する事ができます。
手術を受けた患者さんの満足度は高く、本邦においても進行性筋ジストロフィー症に伴う脊柱変形に対する脊柱変形矯正手術の普及が望まれます。
宇多野病院における手術症例
進行性筋ジストロフィー症
(肢体型)
15才女性
主訴: 腰背部痛、座位保持困難
肺活量: 1.58L、
%肺活量: 69.2%
心電図:正常範囲
左腰椎カーブ
Th12-L4: 60度
平成16年8月5日
第8胸椎~第2仙椎矯正固定術
手術時間:6時間52分
出血量:1467g
Th12-L4:33度
8月31日独歩で退院
